29時間でSAP ERPのクラウド移行を完遂–日本ペイントに聞く勘所

29時間でSAP ERPのクラウド移行を完遂–日本ペイントに聞く勘所

総合塗料メーカーの日本ペイントグループは、2022年11月に、「SAP ERP」システムを29時間でAmazon Web Services(AWS)の本番環境に移行した。移行プロジェクトの開始から本番移行までの期間も約7カ月と短い。グループのIT領域を担当している日本ペイントコーポレートソリューションズ IT&ソリューション部 情報システムセンター ビジネスアプリケーション室 エンタープライズシステムサービスグループ グループマネージャーの山中敏嗣氏に、短期間で移行を成功させたポイントを聞いた。

日本ペイントグループは1881年に創業し、現在は多種多様な塗料の事業を世界中で展開している。2022年12月期のグループ売上収益は約1兆3090億円で、グローバル塗料メーカーとしては世界第4位、アジア地域ではトップになる。

日本ペイントコーポレートソリューションズ IT&ソリューション部 情報システムセンター ビジネスアプリケーション室 エンタープライズシステムサービスグループ グループマネージャーの山中敏嗣氏
日本ペイントコーポレートソリューションズ IT&ソリューション部 情報システムセンター ビジネスアプリケーション室 エンタープライズシステムサービスグループ グループマネージャーの山中敏嗣氏

山中氏によると、グループ各社のERPシステムはその多くが自社開発で、ホストコンピューターの時代から長年運用しており、事業のグローバル化に伴ってSAP ERPの使用も拡大してきた。今回AWSに移行したシステムは、自動車塗料を手がける事業会社が2008年に導入した、主に自動車のバンパーなどプラスチック部品向け塗料の生産管理などを担うERPと、2017年にグループ共通の会計システムとして導入したERPの2つのSAP ERPになる。

日本ペイントグループでは、これらシステムをデータベースサーバーの「Oracle SuperCluster」で稼働させていた。移行の理由は、Oracle SuperClusterのハードウェアの保守が2022年12月に終了することだったが、DXを推進するグループ経営戦略に基づいてクラウドを積極的に活用する方針から、移行先にクラウドを選択した。また、生産管理系のSAP ERPは海外子会社も利用しているため、移行に伴う事業への影響を最小限にとどめるべく、休業日となる土曜日と日曜日の2日間で本番環境を切り替えることを最優先とした。

山中氏は、「旧システムはハードウェアと密接に関係していたことから、データベースのパフォーマンスやバックアップ/リストアなど運用上の制約も多く抱えていたため、ハードウェア保守の終了と運用などの課題も解決する必要があった」と話す。

移行先のクラウドにAWSを選択したのは、上述のDX推進の一環でシステムの開発や検証などで多数の実績があったことや、自動車塗料の事業会社が運用していた別の自社開発によるERPを2021年に先行してAWSに移行させた経験があったからだという。

このプロジェクトは、ERPシステムの稼働基盤をオンプレミスからクラウドに変更する「クラウドリフト」に分類されるが、実施に際してはさまざまな難題に直面した。

山中氏によれば、既に旧システムの導入担当者らが不在で、ドキュメントもほとんど残されておらず、特に社内で「SAP BASIS」のノウハウが不足していた。また、旧システムはWindows OSで稼働していたが、AWSではLinuxに変更する必要があり、SAP ERPで使用する約2400本ものスクリプト資産をそのままでは利用できなかった。以前からデータベースチューニングも十分ではなく、AWSへの移行ではパフォーマンスの改善も必須だった。移行規模も大きく、かつ2日間で本番環境を確実に切り替える難易度の高いプロジェクトが予想された。

日本ペイントグループでは、2021年6月に移行の検討に着手した。まず、旧システムの保守を担当していたパートナー企業と、SAPのプロジェクト実績がありSAPから紹介された3社、そして、同じくSAPで実績がありAWSから紹介されたたテラスカイ傘下のBeeXの計5社に、提案を要請した。並行して同年10月頃からは、移行プロジェクトで想定される作業の洗い出しや内容、改修対象のプログラム、移行に伴う検証、必要なリソースの算出、スケジュールの立案といった詳細なアセスメントも進めていった。

これらを踏まえて日本ペイントグループは、移行パートナーにBeeXを選定した。山中氏によると、今回のERPに先だってSAP製品のライフサイクル管理を行う「SAP Solution Manager」をAWSに移行しており、これをBeeXが手がけていたこと、また、「2日間での本番移行」を達成可能な技術力や、移行コストも安価だったことなどが選定の決め手になった。

BeeX PMグループ シニアマネージャーの三笠真一郎氏
BeeX PMグループ シニアマネージャーの三笠真一郎氏

日本ペイントグループのプロジェクトを支援したBeeX インテリジェントエンタープライズ本部 プロジェクト推進担当の三笠真一郎氏は、「当社がこれまでに手がけたほかのプロジェクトでも数日での本番環境の切り替えに成功したケースはあったが、今回のプロジェクトでは、事前のアセスメントをしっかりと行えていた点が成功につながっている」と述べる。

こうして移行プロジェクトが2022年4月に開始された。この時はまだコロナ禍にあり、多くの作業を日本ペイントグループの拠点がある大阪と、BeeXの本社がある東京に分かれて実施しなければなかった。プロジェクトは、旧システムの保守を担当していたパートナー企業を含む3社間で密に連携して進める必要があるだけに、特にコミュニケーションを工夫したという。

「折しも働き方改革やコロナ禍への対応のために、Microsoftの『Teams』を導入していた。プロジェクトの推進では、特にBeeXがコミュニケーションをリードしてくれたことにより、物理的に離れていながらも、Teamsのチャット機能も活用して多くの作業を同時並行で円滑に進めることができた。本番環境の切り替え時も各社がオンラインで協働したことにより成功させることができた」(山中氏)

事前に懸念された技術的な課題もBeeX側の知見を生かして対処した。

「2400本以上ものスクリプトは確かに膨大な規模だったが、事前の詳しいアセスメントを踏まえ、対応方法を大きく5つのグループに分けて整理することができ、実際に改修が必要なものは1000本程度だった。SAP ERPのLinux変更によるスクリプト改修を避けるため、別途スクリプトを実行するためのWindowsサーバーを用意し、これをSAP ERPと連携することで対処している」(三笠氏)

この他にも約7カ月のプロジェクト期間中には、例えば、移行時間短縮のために、深夜に旧システムの本番環境を何度か停止してデータエクスポートをチューニングしたり、AWS環境へのデータの転送では、一部システムのデータだけがWAN回線で遅延する症状が発生したために、各社連携でシステムの点検を徹底したりと、相次いで発生する課題を次々に克服していった。

そして2022年11月の本番環境のAWSへの切り替えは、48時間以内の完了目標よりも短い29時間で実施することができた。移行直後のテストでは、インフラ側には問題が認められず、エンドユーザー部門も交えたアプリケーション側では、一部の処理でパフォーマンスに課題が見つかったものの、すぐに修正を図ることができたという。

今回の日本ペイントグループにおけるクラウドリフトは、時間的、技術的な制約が多い中でのプロジェクトにかかわらず、事前のアセスメントを含む入念な準備と、知見や経験の深いパートナーの支援が大きな成功要因となった。現在システムは安定して稼働しており、日本ペイントグループでは、従前のパフォーマンスの課題を克服して、DXにも必要なクラウドの活用をさらに促進している。

今後について山中氏は、DX推進で目指すデータを事業へ活用していく「攻めのIT活用」と、ERPなど各種システムの最新化による業務効率化といった「守りのIT活用」の両軸でクラウドの活用を検討していくと述べる。

「(SAP ERPの各種構成製品のサポートが段階的に終了する)『2025年の崖』や『2027年の崖』への対応も残っているが、世界の塗料メーカーの上位10社は全てSAPのシステムを活用しており、DXの推進と業務プロセスの最適化の両軸で当社のさらなる成長を目指す」(山中氏)

ZDNetより

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