2005年から18年間にわたりGoogleで勤務した人物が振り返る「古き良き時代のGoogle」とその後の変容とは?

2005年から18年間にわたりGoogleで勤務した人物が振り返る「古き良き時代のGoogle」とその後の変容とは?

スイス生まれのソフトウェア開発者であるイアン・ヒクソン氏は、2005年からGoogleに勤務してHTML5の仕様策定やオープンソースのマルチプラットフォーム開発フレームワークであるFlutter開発などに携わった人物です。2023年に18年間勤めたGoogleを退職したヒクソン氏が、Googleで体感した「Don’t Be Evil(邪悪になるな)」という行動規範やその企業文化が変容していく様子、記事作成時点のGoogle上層部に対する批判などを自身のブログで公開しています。

Hixie’s Natural Log: Reflecting on 18 years at Google
https://ln.hixie.ch/?start=1700627373&count=1


ヒクソン氏がGoogleに入社した2005年はまだ新規株式公開から間もない時期であり、当時のGoogle社員は末端従業員から経営幹部まで、正しい行いに強い興味を持つ純粋で善良な人々だったとのこと。「邪悪になるな」という標語は、記事作成時点だとGoogleの利益重視の姿勢をからかうために用いられることがほとんどですが、当時は利益を猛烈に追求するMicrosoftなどへの反動から、本当に「邪悪になるな」が会社の指針として機能していたとヒクソン氏は語っています。

しかし、Googleとしては社会のためになるだろうと考えた行動が、結果として外部の人々から激しい批判にさらされることも多く、その一例としてヒクソン氏は書籍の全文検索サービスであるGoogle ブックスやブラウザのChromeを挙げています。また、プライバシー擁護がユーザーにとって害をもたらす方法でGoogleを批判することもあったとして、現代のウェブにはびこる大量の無意味なCookieの警告もそのひとつだと指摘しました。

「短期的なGoogleの利益を優先させることなく、世の中のためになるアイデアを追求しているにもかかわらず、世論という法廷では冷笑にさらされることに、私は大きなフラストレーションを抱えていました」とヒクソン氏は述べています。

初期のGoogleは従業員にとって非常に働きやすい環境だったそうで、経営幹部は毎週さまざまなトピックに対して率直な回答を行い、元CEOのエリック・シュミット氏は定期的に社内全体を歩き回っていたとのこと。さまざまな製品の成功および失敗が客観的に提示され、成功すれば称賛され、失敗しても責任追及ではなく教訓を学ぶために批判的検討が加えられたそうです。また、Googleとしてのビジョンが明示され、そのビジョンから逸脱した際には理由が示されていました。

ヒクソン氏はGoogleに入社して最初の9年間を、HTMLと関連する標準仕様の策定に取り組みました。当時のヒクソン氏は、「Googleの利益を無視しても良い」とはっきり伝えられ、「ウェブにとって良いことはGoogleにとっても良いことだ」という方針から、ウェブ全体にとって利益になるよう最善を尽くしたと説明しています。

また、名目上はGoogleのオープンソースチームに所属していましたが、ヒクソン氏自身は完全に自律的な裁量を与えられており、仕事のほとんどをGoogleキャンパス内のさまざまな建物に持ち込んだノートPCで行ったとのこと。そのため、長らく割り当てられた個人の机を使わない状態が続いたそうです。

しかし、やがてGoogleの伝統的な文化に対する例外的な存在も生まれました。そのひとつが、Googleのソーシャルネットワーク「Google+」の責任者を務めたビック・グンドトラ氏でした。グンドトラ氏は確かに熱意と明確なビジョンを持っていたものの、物事がうまくいかない時の能力には不安があり、特定の建物をGoogle+のチームだけに割り当てるなど、社内をサイロ化する動きを導入し始めたとのこと。こうした動きは、初期のGoogleにあった内部透明性から逸脱するものでした。

また、現代ではモバイルOSとして確固たる地位を築いているAndroidのチームも、2005年にGoogleが買収したAndroid社がもととなっていますが、完全にGoogleの文化になじむことができなかったそうです。ヒクソン氏は、「Androidチームのワークライフバランスは不健全で、Googleの古い部分ほど透明性がなく、チームはユーザーの実際の問題を解決することよりも競争を追いかけることに集中していました」と述べています。

HTMLに取り組んだ後、ヒクソン氏は9年間にわたりマルチプラットフォーム開発フレームワークのFlutterに取り組みました。Flutterは「古いGoogleから生まれた最後のプロジェクトのひとつ」だそうで、設計よりも構築を重んじるスタートアップのように運営されていたとのこと。

ヒクソン氏は、「Flutterチームは若き頃のGoogleの文化をベースに創られており、内部の透明性やワークライフバランス、データに基づいた意思決定などを優先しました。当初からオープンにすることを徹底していたので、健全なオープンソースプロジェクトを構築することも容易でした」と述べ、長年にわたって優れたチームリーダーにも恵まれたとしています。

Flutterチームは同時期のGoogleが経験していた大きな変化からは比較的切り離されていたものの、Google本体の文化は次々に変化していきました。意思決定は「ユーザーの利益のため」から「Googleの利益のため」に行われるものとなり、やがて「決定を下す人物の利益のため」になっていったとのこと。また、社内の透明性もなくなってしまい、以前は全社会議に出席すれば何が起こっているのかを把握することができたものの、今では経営陣が従業員にすべてを開示することはなくなってしまったそうです。Googleのビジョンを明確に説明できる人物はおらず、従業員の士気も低く、クライアントもGoogleへの不満をためているとヒクソン氏は指摘しています。

Googleの文化が変わったひとつの兆候として、ヒクソン氏はレイオフが活発になった点を挙げています。不況時にレイオフしないことは確かに短期的な損失につながりますが、従業員をつなぎ留めることは長期的な成功をもたらすものであり、目先の四半期利益を追求したレイオフは近視眼的だとヒクソン氏は批判しています。さらに、レイオフが行われると従業員は会社を信頼できなくなり、リスクを取るのを避け、自分の持っている知識や責任を属人化することに必死になります。これも、Googleの状況を悪化させている原因だとのこと。

特にヒクソン氏は、スンダー・ピチャイCEOには先見の明がなく、初期のGoogleの文化的規範を維持しようとする関心もないと非難しています。また、FlutterやDartGoFirebaseなどの部門を管理するジャニンナ・バンクス氏はチームについての明確な戦略を持っておらず、製品への理解度も低く支離滅裂で不可能な要求をしてくることも多かったと指摘。

ヒクソン氏はバンクス氏について、「彼女はエンジニアを非人間的な商品として扱い、スキルセットとは関係なく彼らの意思に反して配置転換します。彼女は建設的なフィードバックを受け取ることができず、それを認めようともしません。私よりも社内政治に精通しているリーダーがいる他のチームは、適切なタイミングで適切な情報だけを与えることで、彼女を『操縦する』方法を学んだと聞いています。Googleの最高の日々を見てきた私にとって、この新しい現実は憂うつなものです」と痛烈に批判しています。

もちろん、記事作成時点のGoogleにも素晴らしい人々が数多くおり、それらの人々に出会えたことは恵まれていたとヒクソン氏は認めています。その上で、Googleを改善するにはトップを刷新し、Googleの膨大なリソースを活用してユーザーに価値を提供するための長期的ビジョンを持つ人物に権力の中心を戻すことが必要だと主張。しかし、Googleが道徳的な指針を失った状態が続けば、Googleの文化はどんどん劣化していくだろうと懸念を示しました。

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