DX先進企業のニチガスが考える、デジタル推進組織の在り方(前編)

  • 2023.06.27
  • DX
DX先進企業のニチガスが考える、デジタル推進組織の在り方(前編)

この数年で多くの企業が事業戦略の中核にデジタルトランスフォーメーション(DX)を据えるようになり、一部では成果も見え始めている。ただし、ほとんどの企業は組織づくりやデジタル活用ができても、DXの本質である「デジタル技術によるビジネスモデルの変革」まではたどり着けていないのが実情である。

DXで着実に成果を上げている企業とそうでない企業は、一体何が違うのか。この連載では、「DX成功の鍵は実効性が備わった“専任の推進組織”にある」との仮説のもと、DX先進企業のDX組織が持つミッションや機能、設置の背景などを紹介し、機能するDX推進体制の構築と運用のポイントを探っていく。

今回は、DX先進企業として注目を集め、各種メディアでも先進的取り組みが紹介されている日本瓦斯(以下、ニチガス)のDX推進を支える組織を掘り下げる。

デジタルを活用する文化が定着し「DX銘柄2022」のグランプリに選出

ニチガスは現在、創業時から行っているLPガス(液化石油ガス)小売事業を中核とした「総合エネルギー小売事業」と、事業を通じて開発したシステムや培ってきたオペレーションのノウハウを他のエネルギー事業者に提供する「プラットフォーム事業」を展開している。そしてその背景には、ITやデジタルの積極的な活用がある。

これまでの具体的な取り組みとしては、まず2014年に業界に先駆けてフルクラウドで拡張性を備えた基幹システム「雲の宇宙船」を開発。営業支援、配送、検針、保安といった業務をスマートフォンやモバイルベースで行えるように改革を実施し、それ以前から取り組んでいた物流改革と併せて業務効率化を実現している。

その後も、ガスメーターをオンライン化するIoT機器「スペース蛍」を開発し、検針・保安の自動化および配送の効率化を実現。その他にもさまざまな事業者から別々の通信規格で送られてくるデータを収集統合する基盤「ニチガスストリーム」、さまざまなサービス向けアプリケーションの開発環境となるオープンAPIプラットフォーム「データ・道の駅」、さらにLPガス事業に関わるIoTリアルデータや物理資産を仮想空間上に再現し、AIで分析・処理を行えるデジタルツイン基盤「ニチガスツインonDL」など、続々と新しいテクノロジーを活用したシステムを開発して、業務改革および外販ビジネスに挑戦している。

プラットフォームアプリとしても、法人向けの複数システムを横断して検索できるサービス「ニチガスサーチ」や、月々のエネルギー使用量やサービスの利用料金を表示するアプリ「マイニチガス」を提供している。それらの取り組みの成果として、経済産業省などが毎年選定する「デジタルトランスフォーメーション銘柄(DX銘柄)」およびその前段の「攻めのIT銘柄」に7年連続で選出され、2022年度にはグランプリを獲得している。

雲の宇宙船
雲の宇宙船
ニチガスのDXを支えるデータシステム
ニチガスのDXを支えるデータシステム

DX推進の専任組織は存在しない

そのようなニチガスのDXを支えているのは、エネルギー事業本部という本筋の事業部門傘下に組織された情報通信技術部である。同部署はグループ全体のITを統括する社内唯一のIT組織となっている。当然組織の中には重要システムの開発、システムやネットワークの保守といった一般的な情報システム部の役割も担っており、専任のDX専任組織というわけではない。同社のDX推進体制がそのような形になっている理由について、エネルギー事業本部 情報通信技術部 部長の岩田靖彦氏は次のように説明する。

「ニチガスでは経営陣を筆頭に、デジタルを活用して業務改革に取り組むことが社員の意識に浸み込んでいる。その中で専任組織を作っても結局幅広い業務を全部抑えきれないので、ピントが合ったDXができない。DX推進者が現場から離れたら、どうしても机上感が出てしまう。そこで当社のDX推進体制は、現場で困っている人自身が考えてDXを進めていき、それをわれわれが支援する形となっている」

日本瓦斯 エネルギー事業本部 情報通信技術部 部長の岩田靖彦氏
日本瓦斯 エネルギー事業本部 情報通信技術部 部長の岩田靖彦氏

一般的には、全社で新たにDXを進めたいが、それが簡単ではないために推進本部や専業子会社を作り、専門人材を集めてその旗頭的組織を中心にDXを進めようとする。それに対しニチガスではデジタル活用のマインドが既に定着し、現場で困っている人たちが解決策としてデジタルを使って何かをする、業務を効率化するという体制がかなりの部分で既に出来上がっているため、DX人材を集約した専任部隊は必要ないという図式が成り立っているのである。

ニチガスでのDXの推進は、メディアにも数多く登場している取締役会長執行役員の和田眞治氏や代表取締役社長執行役員の柏谷邦彦氏などの経営陣が方針やキーワードを打ち出して、それをどのように実装するかを活用する当事者である現場が考え、そこからIT部門に相談が来て一緒になって仕上げていくという形となっているという。

そのため、本人たちも業務改善が自分事になっているので、自分たちでこうしたい、こうできないかと考えた上でデジタルツールを導入する。その習慣が定着しているために現場だけで完結することも多く、現在同社では、社内で稼働する約3割のデジタルツールは事業側だけで導入から運用までを担っているという。

事業部主導のDXで生じた管理面の悩み

このようにニチガスにおけるDX推進組織である情報通信技術部は、先頭に立って旗振り役を務めるのではなく、ある程度DXの下地が出来て取り組みも進んでいる現場を下支えする、またはアクセラレーター的な存在となっている。岩田氏は2022年11月に、そのように社内でDXが回り出した状況で、情報通信技術部のトップに着任した。

同氏は以前、ローソンのIT部門やソフトバンクの事業部門で、デジタルを活用したビジネスを経験し、デジタルと現場、攻めのITと守りのITの両方の知見を持つ。その豊富な経験を買われて入社した形だが、入社してからいきなり2つの問題に直面したという。

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「1つ目は、現場がDXマインドを持っているので、あれができないか、これができないかというオーダーがたくさん来ること。2つ目は、事業部・業務側で独自にツールを入れてDX化を進めてしまうため、ITガバナンスが心配ということ」(岩田氏)

つまり社内で事業部が前のめりになってDXを進めていた結果、若干管理が行き届かない状況が生まれていたのである。

ちなみに現在同社では200弱のシステムが稼働しているとのことだが、岩田氏が入社当時に情報通信技術部のメンバーに対して今どれくらいのシステムが稼働しているのか確認したところ、整備が十分には行き届いていないという状況だったという。情報通信技術部で社内のDX案件の多くを手掛けてきた、インフラ開発課 課長の舟橋孝秀氏は、それまでの状況について次のように語る。

日本瓦斯 エネルギー事業本部 情報通信技術部 インフラ開発課 課長の舟橋孝秀氏
日本瓦斯 エネルギー事業本部 情報通信技術部 インフラ開発課 課長の舟橋孝秀氏

「事業部側でも新しいデジタルツールの導入に前向きだったので、われわれも積極的に後押ししていこうという思いが強く、気が付いたらかなりシステムが増えてしまっていた。現場が入れたツールの使い方についてこちらに問い合わせが来た時や、雲の宇宙船をプライベートクラウドからAWS(Amazon Web Services)にリフトした時に、初めてそのシステムを導入していることを知るというケースもあった」

半年間でITガバナンスの強化と組織再編を実行

そのような状況で、岩田氏は就任半年間で2つの改革を実施した。1つ目は、ITガバナンスの強化である。

「積極的だからこそいろんなものが生まれたし、DX銘柄にも認定された。それがニチガスの文化だが、こちらはガバナンスを効かせる側なので大変。ただそこを止めると良い文化がなくなるし、社員が考えなくなる。経営陣からも、デジタルを活用した変革のスピード感を殺してはならないと言われている。自由さの維持とガバナンスのバランスを取ることは難しいが、せめて私の手のひらの上で収まる形にするというのが目標」と岩田氏は語る。

そして現状では、9割程度掌握できるところまで進んでいるという。「システムを開発する際には、上にどんどん積み上げていく形になる。DXだといって最新のテクノロジーを活用してアプリケーションを作っても、下の基盤がしっかりしていないと期待通りの結果は得られない。そこでわれわれがガバナンスを効かせつつ、DXを推進する際の上の要求に合わせられるような、アジリティーを持ったシステム基盤を構築していく」(岩田氏)としている。

そして2つ目の取り組みが、情報通信技術部内での組織再編である。いくら従業員のデジタル偏差値が高い会社であるとはいえ、現在のメンバーはグループ従業員1700人強に対して約20人と圧倒的に少ない。そのような少数精鋭体制の中で、「それまで攻めのデジタルと守りのIT領域があまり明確に分かれていなかった」(舟橋氏)組織を、既存の優秀な人材の評価・登用という意味合いも含めて再編した。

「当社にはLPガス、都市ガス、電気と大きく3つの事業があって、ITの組織もそれに対応していたが、それぞれに課せられる仕事の量が多く1人のマネージャーでは見きれない状況だった。そこで従来の3つの課を、舟橋が課長を務めるDX系の開発・基盤運用を担当する『インフラ開発課』、一般的な情報システム部の役割を担う『インフラ基盤課』、さらに『電力共通PF開発課』『LPガスPF開発課』『都市ガスPF開発課』、予算などを管理する『管理課』の6つに細分化し、まず組織の数を増やし1人のマネージャーが見る範囲を絞った」(岩田氏)

そしてこの組織再編は、さらなる大きなニチガス自体のビジネスモデル変革にもつながっていく形となっている。

ZDNet より

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