AI時代に求められる翻訳の在り方–Wovn Technologiesが考えるこれからの多言語化

  • 2023.06.20
  • AI
AI時代に求められる翻訳の在り方–Wovn Technologiesが考えるこれからの多言語化

Wovn Technologiesは6月16日、BtoB製造業向けに同社カンファレンス「GLOBALIZED」を開催した。同社 取締役副社長 最高執行責任者(COO)を務める上森久之氏は、多言語化におけるAIの活用について語った。

ウェブサイト/アプリケーション向け多言語化ソリューション「WOVN.io」を提供する同社は、「世界中の人が、全てのデータに母国語でアクセスできるようにする」をミッションに掲げる。同ソリューションで多言語化したページを訪問したユーザーは累計で30億人を超える。従業員はおよそ100人で、4割が製品に関わり、国籍は20以上と多様性に富む。資金調達額は累計54億円。

導入企業は、金融、エンターテインメント、メディア、小売、流通と多岐にわたるが、特にこの2年ではBtoBの製造企業の課題を聞くことが多かったと上森氏。引き合い数は、コロナ禍前後で2倍になっているという。

その背景として、ウェブサイトを多言語化しているものの、他国語圏にも取引先がある/これからできることからの「言語拡張」、コンテンツ量が日本語に比べて少なく、場合によっては更新が滞っていることからの「更新」という2つの課題があると上森氏。

言語拡張で期待できることとして「シグナリング効果」があるという。特定の言語で情報を提供することで、その言語が使用されている国や地域の企業に対して「取引をしたい」というシグナルを発信できる。

サイトを更新することで企業は新鮮な情報を伝えることが可能になる。ある企業では、他国語のサイトの情報が日本語版に比べて古い、少ないといったことから、現地法人の営業やサポート部門では独自に資料を作成する必要があったという。また、ESG(Environment:環境、Social:社会、Governance:統制)への配慮がなされていなかった一昔前の価値観に基づく画像や文言が残ったままということも起こり得る。

このような「正しくない」「価値がない」「価値観がずれている」情報といった多言語化に関する問題が起こる原因には、日本企業におけるローカリゼーションマネージャーの不在があると上森氏は指摘する。翻訳に関する業務をまとめて受け持つローカリゼーションマネージャーがいるのは、日本の場合、ゲーム、大手製造、製薬といった企業に限られるという。

多言語化に関するその他の問題
多言語化に関するその他の問題

そのため、Wovn Technologiesでは、ローカリゼーションマネージャーがいなくても多言語対応できるというコンセプトで製品を開発する。同社製品は、「開発不要SEO(検索エンジン最適化)対策も可能」「ダッシュボードで各種リソースを可視化」「複数の翻訳エンジンに対応」「AIを活用」が主な特徴だという。

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 複数の翻訳エンジンの対応について、同社では、「Google 翻訳」「Microsoft Translator」「みらい翻訳」「DeepL」を使用している。現在、機械翻訳は100以上のエンジンが存在するという。翻訳エンジンの品質は「BLEUスコア」といった基準により評価されるが、スコアが良くても用途によっては向き・不向きがある。

例えば、Google 翻訳は、正確性が高いが流ちょう性に欠ける。しかし、対応言語は130以上と多い。DeepLは、流ちょう性が高いが、言語ペアは30ほどで、訳抜けの問題もある。みらい翻訳は、日本語と中国語に強い。このような特徴があるので、Wovn Technologiesは、新しいエンジンが登場すると評価して活用する/しないを判断している。

AIに関する取り組みとして同社は5月、「ChatGPT」と連携することで翻訳未経験者でも翻訳の評価・修正を可能にする「WOVN.copilot」を発表している。上森氏は、大規模言語モデル(LLM)を活用したサービスが当たり前の世の中になっているとし、プロの翻訳者でなくてもAIを使うことで高品質の翻訳を提供できるようになる「AI時代の新しい人力翻訳」という考えを示した。

写真が発明されたころ、絵画の代わりに使われようとしていたことから画家の仕事はなくなると思われていたが、そうはならなかった。AIを使った翻訳により人力翻訳は今後なくなるかという疑問について、上森氏は、「人力翻訳が現在の絵画同様に贅沢品として魂を込めるべきものになる」とする。

このように高い品質を担保できる人力翻訳だが、時間とコストがかかってしまう。一方、機械翻訳は、時間やコストを抑えられるが、品質面で人力翻訳に比べると劣る場合がある。AI時代の新しい人力翻訳では、人の目を通した安心の翻訳品質をスピーディーにAIで実現でき、多言語サイトの運用負荷を軽減するという。

同社の「Auto QA」機能は、機械翻訳の品質面における課題である、致命的な誤訳や固有名詞の誤りといった「正確性」と、トーンや表記ゆれ、文脈の理解といった「流ちょう性」に対応する。日本語ページが更新されると更新部分を検知して機械翻訳し、ChatGPTを使って品質検証・問題検知をする。LLMが一般的に使えるようになったことで、品質検証は、公序良俗に反する表現がないかという非常に曖昧・複雑なことにも対応できようになったと上森氏。問題が検知された部分は自動で修正・公開されるが、AIが提案する修正を人が確認して公開することもできる。

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WOVN.ioの提供が開始されて9年が経過するが、その間において機械翻訳は、Google 翻訳が2016年にニューラルネットワークを活用することで品質が飛躍的に向上し、DeepLがその流ちょうさにより2019年ごろから日本でも普及していったという変遷を遂げている。そして、翻訳エンジンではないもののChatGPTが2022年に登場したことで、機械翻訳の選択肢はさらに増えている。

そのため、顧客に代わって翻訳サービスを評価・選定し、自社サービスとして提供することが自分たちの役割の一つと上森氏は述べる。このように、顧客企業がウェブサイトやアプリケーションを多言語化する際に自社のコア領域に集中できるようにするのが「多言語化SaaS」としてのコアコンピタンスだとする。

最後に上森氏は、日本が多言語・多文化という面で欧米に比べて「圧倒的な後進国」と指摘した上で、状況は一気に変わってくると続ける。新興国で新たなサービスが既存の技術進展を飛び越えて一気に広まる現象である「リープフロッグ現象」に言及し、多言語化・多文化に課題があった日本だからこそ、それを補う新しい技術・サービスが普及する可能性があると強調する。「日本発の多言語化プラットフォームとして、世の中を良くしていきたい」と結んだ。

ZDNet より

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