トヨタ: 製造現場が自らモデル生成できる “AI プラットフォーム” を Kubernetes のハイブリッド クラウドで開発・運用

トヨタ: 製造現場が自らモデル生成できる “AI プラットフォーム” を Kubernetes のハイブリッド クラウドで開発・運用
急激な EV シフトや MaaS の拡大など、まさに今、激変の時代にある自動車業界。そうした中、販売台数世界一(※)の座に 3 年連続で君臨するトヨタ自動車株式会社(以下、トヨタ)は、その生産力を強化する手段の 1 つとして AI を重視。製造現場が自ら AI モデルを開発できるという “AI プラットフォーム” を内製することで、実務に即した AI 活用、現場レベルでの AI 民主化を後押しできるようになったと言います。そこに Google Cloud がどのように活用されているのか、開発チームメンバーにお話を伺いました。

利用しているサービス:

Google Kubernetes EngineAnthos Attached clustersArtifact RegistryContainer AnalysisBinary AuthorizationWorkload Identity など

利用しているソリューション:

ハイブリッド クラウドSoftware Delivery Shield

少ない人員で効率的な開発を実現すべく Google Cloud を導入

事業を活性化させる起爆剤として、データ分析から業務の効率化まで多岐にわたって活用されるようになった AI 技術。もちろん、トヨタのような製造業でもそのポテンシャルへの期待は大きく、およそ 2 年前から製造現場への導入がより積極的に研究・実施されるようになったと、同社生産デジタル変革室 AIグループ グループ長の後藤 広大氏は言います。

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「自動車の製造現場には多くの検査項目があります。中でも外観検査や仕様の確認など、目視で行う検査が現場の大きな負担になっており、それらを AI を用いることで自動化しようという取り組みがすでに一定の成果を上げてきました。しかし、AI 開発に必要となる専門的な知識やスキルを持つ人員は常に不足していますし、昨今の半導体不足によってエッジ PC や GPU サーバーなど、計算リソースの確保も難しくなっています。結果、残念ながら思ったほどには AI 活用が進んでいないという状況が続いていました。」

後藤氏はこうした状況を打破するため、2022 年初頭に、AI についての専門知識を持たない製造現場スタッフでも自ら必要な AI を開発できる “AI プラットフォーム” の内製を決意。この際、オンプレミス環境と Google Cloud を組み合わせたハイブリッド クラウド方式を選択することで、高効率な運用を追求しました。

「今回、”AI プラットフォーム” の開発・運用基盤にハイブリッド クラウドを選択したのには 2 つの狙いがあります。1 つはクラウドのサービスを積極活用することでメンバーが本来やるべき機能の開発に専念できるような環境を用意すること。もう 1 つがコストの抑制です。ユーザー アクセスのピークによってはオンプレだけでは一時的に足りなくなるリソースをクラウド側に委ねることで、ユーザーを待たせない冗長性を持たせつつ、必要な時に必要な分だけ使うことで特に高コストになりがちな AI 学習時の GPU 使用料を抑えられるように配慮しました。」(後藤氏)

ハイブリッド化には Anthos を活用。オンプレミス環境に Anthos クラスタを導入し、Google Cloud 上の GKE(Google Kubernetes Engine)クラスタと連携させる構成としています。

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「この取り組みでは、日進月歩で進化していく AI 技術や、急速に移り変わっていく社会情勢とそれに伴う現場のニーズ変化に開発を追従させていくため、アジャイル開発の中でも特にシンプルなフレームワークであるスクラムに挑戦しています。スクラム開発では少人数のチームで機能を少しずつリリースしながら開発を進めていくため、脆弱性の確認が大きな工数的負担になります。そこで、手間なく高度なセキュリティを担保できる Google Cloud の各プロダクトを積極的に活用することで、脆弱性対策と各人の負担低減を両立させました。具体的には Git からの CI のトリガーをもとにクラウド側で Cloud Build を実行。イメージ・コンテナをビルドした際に Artifact Registry と Container Analysis を活用してコンテナの脆弱性を確認し、Binary Authorization で電子署名を検証することでセキュアな環境を保つようにしました。」(後藤氏)

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「加えて、クラウドと連携する経路については社内のインフラ環境と合わせて構築していく必要があり、Cloud NAT を活用することで GKE と Anthos を繋ぎました。また、各 Kubernetes クラスタ内のサービス アカウントは Workload Identity を使ってクラウドの IAM に定義されたサービス アカウントと紐付けて動かすことでセキュアな運用ができるようにしています。」(生産デジタル変革室 AIグループシニアエキスパート 小島 浩氏)

“AI プラットフォーム” で “AI の輪” をさらに拡げていきたい

いわば “AI の民主化” を目指し開発が進められたトヨタの “AI プラットフォーム”。バックエンド開発に携わった開発試作部 先行試作課 エキスパートの渡邊 嘉文氏は、誰もが使いこなせる分かりやすい UI の開発に力を入れたと語ります。

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「”AI プラットフォーム” は、現場の方々主体で使っていただくものですから、わかりやすい見た目や多すぎない入力項目など、UI にはかなりこだわりました。作り込みにおいては、社員食堂の入り口で実演を行ったり、隔週でレビュー会を実施することで、ユーザーの潜在的な要望を引き出し、実際の UI にも反映するなどしています。」

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もちろん、要である AI の精度向上にも注力。これまでもトヨタの AI 開発に携わってきたモノづくりエンジニアリング部 システム制御開発室 IoT 技術開発 G 主任、在田 和弘氏は、人員不足から AI 活用が進んでいなかった状況を振り返りつつ、”AI プラットフォーム” の導入で AI 活用が加速することに期待を寄せると同時に、「今まで培ってきた知見やノウハウを全て “AI プラットフォーム” に移植し、私ができることを全ての人ができるようにすべく取り組んできました」と胸を張ります。

2022 年 6 月、こうして有志のチームにより開発され現場に送り出された “AI プラットフォーム” は、スクラム開発で必要な機能向上と改善を迅速に積み上げてきたこともあり、その利用者数も順調に増加。”AI プラットフォーム” で生み出されたモデルが Web アプリケーションとして多くの現場に導入され、すでにめざましい成果をあげ始めています。

「愛知県 高岡工場では “AI プラットフォーム” で生みだしたモデルによって、ロボットが部品に塗布する接着剤が正しく塗られているかの目視検査を AI 化しました。これまで 1 日あたり 2 名の人員がこの業務にかかりきりになっていたのですが、これをより付加価値の高い業務にコンバートすることができました。」(後藤氏)

また、現場での自発的な活用が進んでいく中、開発チームの予想を越えるような成果を生み出す導入例も登場。現場への実装を担当している高岡工場 塗装成形部技術員室 働き方改革 G エキスパート 後川 佳介氏は、その驚きについて次のように説明します。

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「現在の “AI プラットフォーム” は画像解析に特化しているのですが、他社事例も含め、一般的にこのようなモデルはできあがった部品の品質確認などで使われるのが普通でした。そうした中、高岡工場ではバンパーなど大きな樹脂パーツの製造に利用する射出成形機の異常検知にも “AI プラットフォーム” を活用しています。

パーツの金型と樹脂を高温で溶かして流し込む機械が正しく接続されているかを、カメラ画像から判定できるようにしました。実際に設備異常が発生する箇所はライン稼働中に高温となり、しかも人が視認できない場所にあるため、センサーなどが使えず非接触に検知する必要があったためです。今回の実装では GPU リソースが必要になる AI モデルの作成をクラウドに任せることで、工場側に GPU を用意することなく安価に AI 活用でき、設備停止を未然に防げるようにしたことが画期的な成果だと考えています。」

具体的な成功を受け、現場からは “AI プラットフォーム” のさらなる機能向上を求めるポジティブな声が上がっているとのこと。経営陣からの評価も上々で、将来的には “AI プラットフォーム” をグループ会社など外部に提供していくことも検討しているといいます。

「今後は各設備から得られる電流値や振動値といった時系列データの解析や自然言語処理などにも対応できるようにしてきたいです。」(在田氏)

「現場には目視検査以外にもさまざまなニーズがありますから、製造現場や現場への実装を担当する部署のメンバー、今後提供していくグループ会社の皆さんとも協力しながら、”AI の輪” を少しずつ拡げて行くのが “AI プラットフォーム” の長期的な目標です。とは言え、トヨタは IT がメインの会社ではありませんから、効率的な開発リソースの配分が求められ続けます。そのためにも Google Cloud には開発者の負担を軽減し、機能の開発に専念できるようにするサービスを提供し続けていただきたいですね。具体的には Assured Open Source Software にも期待しています。」(後藤氏)

Google Cloud ブログより

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