ITアナリストが知る日本企業の「ITの盲点」 「うちのIT部門は…」はNG–リーダーシップを発揮できない理由

ITアナリストが知る日本企業の「ITの盲点」 「うちのIT部門は…」はNG–リーダーシップを発揮できない理由

ガートナージャパンのエグゼクティブ プログラム シニアアドバイザー エグゼクティブパートナーを務める長谷島眞時氏と、ディスティングイッシュトバイスプレジデント、アナリストの亦賀忠明氏による対談の3回目は、2030年以降に訪れるであろう、産業革命に匹敵する大変革時代「New world」で生き残るために企業が取り組むべきことについて議論を交わした。

長谷島眞時氏
ガートナージャパン エグゼクティブ プログラム シニアアドバイザー エグゼクティブパートナー
1976年ソニー入社。Sony Electronicsで約10年にわたり米国や英国の事業を担当し、2008年6月ソニー 業務執行役員シニアバイスプレジデントに就任し、同社のIT戦略を指揮した。2012年2月の退任後、2012年3月より現職。この連載では元ユーザー企業のCIOで現在は企業のCIOに対してアドバイスしている立場としてITアナリストに鋭く切り込む。
亦賀忠明氏
ガートナージャパン リサーチ&アドバイザリ部門 ディスティングイッシュト バイス プレジデント アナリスト
ITインフラストラクチャーに加え、「未来志向」をテーマに、先進テクノロジーに関する調査分析を担当。国内外のユーザー企業、主要なベンダー、インテグレーターに対して、さまざまな戦略的アドバイスを行っている。

「New World」に対応できる組織への転換

長谷島:前回まで「企業と人との関係性」「旧態依然した体制の江戸時代から産業革命に匹敵する2030年以降のNew Worldに対応できる組織への転換」について議論してきました。2030年以降も生き残るため、企業・組織が取り組むべきことは何でしょうか。

亦賀:これまでのお話と重複する部分はあるかもしれませんが、今は「スーパーパワー」と呼べる10年前にはなかったようなテクノロジーがたくさん登場しています。今や、テクノロジーは人々の想像を大きく超えたスーパーパワーになっています。このことの理解を全ての日本の人は持つべきです。例えば、現在、大ブレーク中の「ChatGPT」ですが、これは、「NVIDIA A100」というAIに特化したGPUを数万台規模で使っていると見られます。これは今後「H100」というさらに高性能なGPUが使われていきます

OpenAIにはMicrosoftが投資していますが、今後Amazon、OracleなどもこうしたGPUを数万といった単位で大量に導入していきます。ChatGPTはスーパーパワーの分かりやすい例です。今後こうしたスーパーパワーテクノロジーを駆使して、エンジニアが活躍できる機会がすごく増えていくことや、ビジネスそのものが10年以内に大きく変わっていくことを理解する必要があります。

ここで重要になるのは、マネジメントとリーダーシップの違いです。リーダーシップについて考えてみると、私は「人々を正しい方向に導く力」こそ、リーダーシップだと思います。組織にいる多くの人は、一般的に「何が正しいかが分からない」状態です。だからこそ、組織のリーダーに正しい方向性を聞きたいし、付いて行きたくなるわけです。

昨今の大変化が起こっている時代において、リーダー自身が正しい方向性を見極めるために、常にアップデートするのは必須です。

長谷島:まさにその通りだと思います。

亦賀:それを実践しないリーダーは、本当のリーダーとは言えません。日本に限らず、「マネジメントはできるけれど、リーダーがいない」という状況が見受けられます。

長谷島:この観点はすごく面白いですね。さまざまな領域・場面でリーダーシップを発揮しなければなりませんが、リーダー自身が「自分は何を知らないか」を把握することがとてもすごく重要ではないでしょうか。その上で、自分が知らないことに対して謙虚に学ぶ、理解する努力が必要ですね。それをしない人は、その領域のリーダーにはなり得ないでしょう。

亦賀:長谷島さんもご経験されていると思いますが、その大事な部分をごまかす言い回しをする人もいます。「うちの会社は違うんだよね」とか「そういう話は別にいいんだよ」と言われることがあります。

長谷島:“あるある”ですね。よく聞く別の表現としては、「うちのIT(部門)は駄目だ」というものです。

亦賀:自虐ですね。ご自身はいいとしても、メンバーが聞いたら本当にやる気が無くなってしまいますね。

長谷島:「うちのIT部門は、石器時代だ」という人に会ったことがあります。もちろん正しい根拠があり分析した上での話なら別ですが、企業や組織がいま存続しているということは、その8割以上でIT部門はうまく機能しているといって良いと考えています。そもそもIT部門が機能していなければ、企業や組織は存在できません。それでも「IT部門は駄目」という言い方を平気でしてしまうのです。

「うちのIT部門は石器時代」と自虐しても意味がない

長谷島:スーパーパワーを駆使できる「F1レーサー」(のような秀でた人材)に活躍してもらうためには、前回示していただいた「チェックリスト」でのポイントがとても重要ですが、人材面でも組織の能力面でも敬意を持って正しく評価していかなければいけませんね。「自社の現状は駄目だ」とリーダーが言いのけるのは、全くナンセンスです。そうした姿勢を正した上で、「New World」に向けて役割の拡張を担っていけるIT部門に、どうやって育てていくかを一緒に考えるということだと思います。

長谷島氏(左)と亦賀氏。組織がITやテクノロジーに対する自虐的な言動をすることに警鐘を鳴らす
長谷島氏(左)と亦賀氏。組織がITやテクノロジーに対する自虐的な言動をすることに警鐘を鳴らす

亦賀:なるほど。この点は、日本人の思考の問題ではないでしょうか。日本人は、よく「課題」という言葉を使います。そして、課題を片端から洗い出そうとします。上層部も集まって、ホワイトボードを持ち出して、現在のITの課題を洗い出していく経営会議を想像してみてください。その場合、10個も20個も課題が出てくるでしょう。それを見た上層部が「これではうちのIT部門は石器時代だね」と言わざるを得ないでしょうね。

一方、英語圏ではどう捉えるか。海外の人が正しいかどうかは、ここでは置いておきます。日本語の「課題」は、英語では「challenge」と表現します。「challenge」は、日本語では「挑戦」という意味も含まれますが、何か聞こえがいいと思いませんか。「課題」と混同されやすい言葉として「問題」があります。両者は非常に分かりにくいものです。組織が本当に解決すべきテーマは「問題」なのに、「課題を問題と捉えてしまう人」も結構いるでしょう。

言葉によるマインドへの影響
言葉によるマインドへの影響

長谷島:言葉づかいとして、「課題」と「問題」は分けて使うべきです。

亦賀:はい。本来の意味で言うと、「課題」と「問題」は違うものですからね。

長谷島:例えば、「New Worldの人材」というテーマは「問題」ではなく「課題」です。「challenge」ですから、今からでも十分に手が打てるはずです。

亦賀:そうですね。これからは「課題」という言い方はやめて、「challenge」と言い換えていくべきでしょうね。「われわれのchallengeを考えよう」と表現した方が、改善する方向性を導き出せると思います。それを「課題」と言ってしまうと、マイナスをゼロにする方向性に捉えられてしまいます。つまり、マイナスからのスタートですね。一方、「challenge」なら、現状がゼロの状態でそこからプラス、つまり右肩上がりの方向になりますよね。

マイナスをゼロにする方向性だと、「課題解決をやるのは当然。やらなければいけない」という話に陥りがちです。その結果、一生懸命やって解決できたとしても、マイナスからゼロになるだけで、自己満足感は低い状態のままです。「やって当然だよね。以前が悪すぎた」と考えると、どうしても達成感が弱くなりますね。

長谷島:ご指摘された点は、今回の議論の中でとても大事なポイントだと思います。「challenge」は未来に向けての取り組みです。もちろん、「もっと早くやればよかったのに」と思うところもあるでしょうが、まだ「too late」ではありませんよね。この記事を読んでいる人たちが、「うちは駄目だ」と思う必要は全然ないと考えてもらいたいです。

時代とともに変化する「ITが持つ価値」

長谷島:組織内でIT部門が自虐的にならないためにはどうすればいいでしょうか。

亦賀:各時代におけるITの価値の変遷について、ガートナーではグローバルで「Run, Grow, Transform」と提唱してきました。

時代の変遷に備える
時代の変遷に備える

長谷島さんが先ほど、「ITが機能することで会社が存続している」と指摘されましたが、「Run」というのは、業務システムがしっかりと維持されることで物事が動くことを表しています。つまり、ITがあるからこそ業務が続けられているということです。

だからこそ、IT部門はもっと自信を持っていいはずです。ただ、どうしても卑下されるような話になることがあり、「同じことをするなら、もっとコストを削減できるだろう」と言われてしまうこともあります。これまでの日本人の感覚では、どうしてもコスト削減に目を向けてしまいがちです。「Run」、つまりは維持することが価値ですが、IT部門の中には後ろめたく感じてしまうこともあります。なぜなら、システムをベンダーに丸投げているからですね。

自分たちで一生懸命やっていれば、まだ自信を持てるでしょう。ただ、大事な部分をベンダーに丸投げしているので後ろめたく、自信を持てないのです。自分たちでやっていないからですね。これまでの時間軸で捉えると、1970年代のメインフレームの頃は、ITはそれこそ産業革命でした。具体的には、銀行の勘定系システムや旧国鉄(旧日本国有鉄道)の切符の販売システムなどの「第3次オンラインシステム」は、まさに産業革命に近いものでした。

その後オープン系システムが隆興した頃から、産業革命までとはいかなくなりました。私は、1990年頃からITの機能が“文房具”のようになったと考えています。その背景はオープン時代の初期のテクノロジーです。“文房具”のような簡単に扱えるテクノロジーが普及したことで、ITの位置付けが変わったと思います。その当時のエンドユーザーコンピューティングのブームもITの文房具化に拍車をかけました。しかし、米国ではそれだけではなく、オープンソースが生まれ、そこからGoogleやAmazonといったプレイヤーも生まれました。日本は、業務を維持する文房具ITのまま歴史が止まってしまったのです。

メインフレーム時代は、ベンダー側がユーザーにとって先生のような立場でした。それがオープン化したことで、ユーザーでもできることが増えるようになり、すそ野が広がった反面、ベンダーの位置けが低下したように感じます。その時代にベンダーが何を始めたというと、新しいテクノロジーを生み出すよりも、手っ取り早く工数をかけて売り上げを出せる「業務アプリケーションの引っ越し」のようなSI(システムインテグレーション)ビジネスへと大きくシフトしたと思います。

長く続いた業務システムの時代から、今はまさに(再び)産業革命の時代に入ろうとしています。これからは「challenge」なのです。業務システムの「Run」のところにフォーカスしてしまうと、その目的は、どうしても最適化(オプティマイズ)になってしまいます。

長谷島:そこから「Grow」、そして「Transform」へと移るのですね。

亦賀:はい。「Grow」の部分はデジタルサービスやモード2の領域となり、「Transform」の部分がこれからの産業革命です。

長谷島:ITが実現する価値は、時代とともに変化し続けてきたということですね。今はまさにオペレーショナルな価値から戦略的価値への大転換期といえるのではないでしょうか。それを支える基盤技術も「クラウド」から、IoTやAI、VR/AR(仮想現実/拡張現実)などを活用したシステムやサービスをつなぐ網目状の環境である「メッシュ」に急速に移行していくわけですね。

亦賀:おっしゃる通りです。ただ、クラウド環境についても、企業の中には「いきなりクラウドには移行できない」と言われる場合があります。「クラウドコンピューティング」というキーワードは、2006年に登場しました。それから、もうすぐ20年になります。それにもかかわらず、「クラウドはまだ早い」という感覚は、そろそろ改めなければいけないでしょうね。20年が早いというなら、30年も40年も待てばいいのでしょうか。そんなわけはありません。全ての人は、クラウドは早いというような感覚を早急に改める必要があります。

今起きつつある産業革命について、これまでのような長い年月をかけて議論していたら、その実現は一体何年かかるでしょうか。かなりまずい状況になるのは確実でしょう。

長谷島:いまだに、ITに対して業務システムという価値しか見いだせていないのでしょうね。

亦賀:「既存の業務プロセスを変更しない」ことが、業務システムの前提になるみたいなイメージです。その結果が、業務部門が上でITが下という構図です。「業務を知らない人間がいろいろ口出しするな」というフレーズは、日本の企業ITにまん延しています。これは、IT部門だけでなく情報システム子会社、さらには大手ベンダー、SI、さらには近年のトレンドであるアジャイル開発を行っているエンジニア、クラウドネイティブのエンジニア、AIエンジニア、データサイエンティスト、全ての人がそうした構図で本領を発揮できない状況になっています。全てが「業務の下」では、変革も実現しづらくなります。

長谷島:なるほど。ITは、既にビジネスの価値やトップライン(売上高)、競争力などの源泉になっていますよね。従来の業務運営上の価値ではなく、企業の戦略そのものを支える、戦略的な価値を提供するものに拡張しているわけです。そうしてITの活用が拡大していく中で、これからの2030年以降の「New World」の姿を思い描く必要がありますよね。

ただ、現実には従来型のITの延長線上でデジタルトランスフォーメーション(DX)を捉えて、生産性の向上を目的としたオプティマイゼーションを優先する傾向はあります。働き方改革や少子高齢化などの課題への対応を考えると、従来型のテクノロジーに加えて先端のテクノロジーでオプティマイゼーションを実現することは、立派なDX戦略だと思いますし、この領域は、「モード1」人材がDXで活躍できる可能性を秘めていると思います。今を支えていることに敬意を払いつつ、その能力や経験を「New World」でも生かしてもらう――そんなリーダーシップをぜひ発揮してもらいたいです。

ZDNet より

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