クラウド図鑑 Vol.92
GE (General Electric / ゼネラル・エレクトリック) の「Predix」は、IoT(Internet of Things:モノのンターネット)と産業用途に特化したクラウドサービスだ。以前クラウド図鑑で Predix を紹介した2015年12月の時点ではベータ版だったが、2016年2月に正式提供開始(GA)となった。その後も速いペースで進化を続けており、最も特徴的な分析系サービスは、2016年10月に63種類だったが、2017年6月時点ではおよそ2倍の120種類を超えている。Predix が提供するのは、鉄道や航空機のエンジン、医療機器や発電/送電機器をはじめとした様々なデバイスからデータを収集し、クラウド上にビッグデータとして蓄積し、高度な分析を行い故障予測や稼働率の最大化、オペレーション効率の最適化などを実現するためのフル機能だ。クラウドの実体は、PaaS (Platform as a Service)であり、PivotalのPaaSソフトウェア「Cloud Foundry」をベースとして、JavaやNode.jsなどのプログラミング言語からPostgreSQLのようなデータベースを使えるような標準的な環境を基本として、GEが培ってきた産業分野のためのソフトウェアと分析技術を加える形をとっている。これにより、人気の高いPaaS環境 Cloud Foundry を使える標準技術ベースの開発者が Predix にシフトしやすいため、開発者の数も順調に増え、2016年11月時点で、世界で19000人以上が開発を行っているという。GEは2012年11月に産業機器とITを融合する「インダストリアル・インターネット(Industorial Internet)」のコンセプトを打ち立て、3年間で10億ドルをインダストリアル・インターネット関連技術に投資を行ってきたが、今後も投資を続けていくと宣言している。次世代のPredix では、「Predix Edge System」を提供し、エッジすなわち機器の上で、クラウドにアクセスすることなく分析サービスが稼働するようになるという。2016年11月の発表では、Predix を中心とするGEのソフトウェア・サービスのビジネス規模は約60億ドルだった。
Predixの紹介動画 (日本語字幕入り)
(クリックで再生)
URL http://predix.com/
2017年6月14日 株式会社クラウディット 中井雅也
機能
Predix の実体はPaaS (Platform as a Service)であり、PivotalのPaaSソフトウェア「Cloud Foundry」をベースとする。したがって、アプリケーション開発を第一の機能として、IoTによって生まれるビッグデータの分析機能やデータを収集・蓄積する機能、デバイスを接続する機能などを提供する。アプリ開発については、Predix のベースとなっているPivotalのPaaSソフトウェア「Cloud Foundry」のアーキテクチャを踏襲しており、Java、Node.js、Goなどの標準的なプログラミング言語とフレームワークによりアプリを開発し、これにアプリから呼び出されるデータベース、ストレージ、分析機能など130種類以上の「サービス」(Cloud Foundryの用語)を選択し組み合わせていく。2017年6月時点で開発者用のポータル「Predix.io」で確認できる主なサービスとして、以下がある。
- DATA MANAGEMENT
デバイスから収集したデータを蓄積するためのデータベースやストレージのサービス。標準的な「Database as a Service (PostgreSQL)」、オープンソースのKVS/キャッシュ「Key Value Store (Redis)」、S3互換のオブジェクトストレージ「Blobstore」、メッセージング通信「Message Queue (RabbitMQ)」、時系列データを効率的に扱うカラムナーデータベースの「Time Series」、デバイスの情報を扱う「Asset」など。膨大な情報を扱う可能性のある「Time Series」と「Asset」は、NoSQLのCassandraをバックエンドとするグラフDBの技術を使っている。 - Analytics
120種類以上の分析サービスを提供しており、Predix のハイライト機能といっていいだろう。機械学習(Machine Learning)だけで20種類以上、予測モデル(Predictive Models)だけで15種類以上を提供する。また、「Cyclic Machine Health」や「Energy Surcharge Prediction」といった特定産業分野の用途に使われるものをGEが提供している。主なものは以下のとおり。- ANOMALY DETECTION (異常検出) 11種類 (2017年6月時点)
- DATA EXPLORATION AND PREPROCESSING (データ探索とプリプロセス) 15種類 (2017年6月時点)
- TEXT ANALYTICS (テキスト分析) 8種類 (2017年6月時点)
- TEXT MINING (テキストマイニング) 5種類 (2017年6月時点)
- TIME SERIES (時系列分析) 6種類 (2017年6月時点)
- FEATURE ENGINEERING (素性設計) 6種類 (2017年6月時点)
- MACHINE LEARNING (機械学習) 22種類 (2017年6月時点)
- PREDICTIVE MODELS (予測モデル) 16種類 (2017年6月時点)
- STATISTICAL METHODS AND ANALYSIS (統計手法 分析) 24種類 (2017年6月時点)
-
NETWORK ANALYSIS (ネットワーク分析)、OPTIMIZATION METHODS (最適化手法)、QUALITY CONTROL (品質管理)、SIGNAL PROCESSING (信号処理) など
- SECURITY
アイデンティティ管理のための「User Account and Authentication」、アクセス制御のための「Acess Control Service」、データの整合性保証のための「Blockchain Data Integrity」など。 - INTELLIGENT ENVIRONMENTS
「Traffic Planning」、「Parkeing Planning」、「Indoor Positionning」などといったサービスだが2017年6月の時点では全てベータで - GEOSPATIAL SERVICES
位置情報/地理情報を活用するための「Location Intelligence」、地図を使ってデバイスや分析データをビジュアライズするための「Intelligent Mapping」など。 - MOBILE
モバイルのBaaS(Backend as a Service)「Mobile」および「Mobile SDK - APP SERVICES
ドラッグアンドドロップでアプリ開発をする「App Composer」、クライアントアプリの画面レイアウトなどを制御する「Views」など - OPERATIONS
アプリケーションのログの保管、検索、ビジュアライズをするための「Logging」など。 - EDGE SOFTWARE AND SERVICES
ネットワーク接続やアプリ管理などのツールなどを含む「Predix Machine」や「Edge Manager」などのデバイス用のソフトウェア。
使いやすさ
Predixのベースとなっている Pivotal のPaaSソフトウェア「Cloud Foundry」そのものの使い勝手であり、Cloud Foundryに慣れている開発者は違和感なく使える。Cloud Foundryのcfコマンドラインツール、Eclipse、Git、Java SE、Mavenなど標準的なものをそのまま使うようになっており、オープンソースやクラウドの世界で標準的な開発スタイルに慣れたプログラマーは Predix での開発に抵抗が少ないだろう。また、Analyticsを中心とする 専門性の高いサービスも、「マイクロサービス」として提供されており、Web APIに慣れていれば抵抗なく使い始められるはずだ。Predix は「標準」重視の技術者に親しみやすく設計されており、ハードルがあるとすれば次項で指摘する「英語」であろう。
マニュアルや書籍など
ツールやサービスの概要と詳細ドキュメント、チュートリアル、APIのドキュメント、ビデオなど多岐にわたる情報をpredix.ioの開発者ポータルから提供している。この開発者ポータルは優れたユーザーエクスペリエンスを実現しているが、画面もドキュメントもすべて英語である。アプリケーションのサンプルコードなどもGitHubで公開している。
拡張性
Predix は時系列データや大量のデバイスが生成するデータなど、通常のリレーショナルデータベースでは対応できない膨大なデータを処理できるように、「Time Series」と「Asset」という2つのデータサービスを提供している。この2つのサービスは拡張性に優れるNoSQLのCassandraをバックエンドとするグラフDBの技術を使っており、スケーラビリティに関する課題を最新技術で解決している。
可用性
前述の「Time Series」と「Asset」という2つのデータサービスは、バックエンドがNoSQLのCassandraだり、単一の障害点から全体がダウンしないアーキテクチャになっている。一般的な 「Database as a Service」はオープンソースのDB「PostgreSQL」ベースのマネージドサービスだが、別なデータセンターに配置されたレプリカにデータを同期し障害発生時に自動フェールオーバーする。また、7日分のバックアップが自動的に取得され、任意の時点の状態に戻すことができる。
SLA
Predix のプラットフォームとサービスに関して、99.9%のアップタイムのSLAを規定している。US WEST、US EAST、日本でのサービス稼働状況を status.predix.io で公開している。
自動化機能
コマンドやスクリプト、APIを駆使して自動化が可能。
セキュリティ
「ゲーテッドコミュニティ」(gated community:「門や塀で囲まれた居住地」の意)と呼ばれるモデルが採用され、Predix を利用できるのは、認定された企業だけに限定される。SSAE 16 SOC 2, ISO 27001, ISO 27018, CSA/CCM 3.01、HIPAAを取得・準拠している。 Security Operations Center による24時間365日のモニタリング、および24時間365日のセキュリティインシデント管理を行っている。アイデンティティ管理のための「User Account and Authentication」、アクセス制御のための「Acess Control Service」のサービスを提供する。オブジェクトストレージの「Blobstore」にはデータ暗号化のオプションがある。
データセンターの場所
US WEST、US EAST、日本、ヨーロッパからサービスを提供している。また2016年7月に、Azureで Predix を提供する発表をMicrosoftとともに行っている。
実績・シェアなど
シェアなどは不明だが、着実に実績を増やしている。日本でも LIXIL が、リフォームの施工チームのアサインを最適化するジョブ・スケジューリングに利用。 GEは自社のソフトウェアを Predix に移行をすすめており、自らがファーストユーザーとなる。Predixプラットフォームは、Boeing(ボーイング)社やColumbia Pipeline Group(コロンビア・パイプライン・グループ)などが既に利用している。また、Predix のGA前の初期導入企業として、ANSYS、Azuqua、Bsquare、Foghorn、FPT Software、GenPact、IGATE、Infosys、Nurego、Plataine、SparkBeyond、Tata Consultancy Services (TCS)、ThetaRayなどが紹介されている。
エコシステム
GEはインダストリアル・インターネットの団体「Internet Industrial Consortium」をオーガナイズし、加盟企業は200を超えている。パートナー企業としてはAccenture, AT&T, Capgemini, Cisco, Deloitte Digital, Infosys, Intel, Genpact, SoftBank, Softtek, TCS, Vodafone, Wiproなどが名前を連ねる。また開発者のためのポータルであるPredix.ioを通じてPredixでアプリを開発することができようになっているが、2016年12月時点で、Predixを利用する開発者が1万9000人だとしている。
価格および支払い方法
基本的に月額のサブスクリプションベースの課金である。2016年11月から導入された個人の開発者向けの「Free Tier Plan」により、IBM BluemixやGoogle Cloudのような期間限定のない無料枠が提供されている。これは、最大750MBメモリーのインスタンスを合計4GBメモリーまでの範囲で10まで使える。Free Tierでは、TimeseriesやAssetなどのサービスも制約の範囲内で使える。詳しくはこちらを参照いただきたい。https://forum.predix.io/articles/14550/predix-free-tier-faq.html
Free Tierの上位には「Paid Plan」があり、合計10GBメモリーまでの範囲で100までのインスタンスが使えて、月額648USドルとなる。TimeseriesやAssetなどのサービスも無料枠を超えた場合は課金される。
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